少しの過失と賠償額
一般に、裁判では、勝てる事件でも和解をすることはあります。理由は、「譲歩」がほんの僅かで、それが和解をするメリット(早期解決、控訴費用の節約、精神的負担軽減など)に見合うからです。しかし、いわゆる税倍事件の被告の場合はちょっと違います。勝訴してゼロ負担になる見込みがあるとしても、やはり不安が憑きまといます。損害賠償事件では100パーセント勝訴を確信できることはほとんどありません。請求される被告の場合は、過失がゼロと認定されない限り何割か何パーセントかの賠償金支払いが命じられます。これが怖いのです。というのは、請求金額とは限らないのですが、基になる損害賠償額が大きいと、その1割とか2割というのも結構な額になってしまいます。その事件でいただいた税理士報酬の数倍というのも珍しくありません。ですから、「まったく過失がないわけではない」「少しは責任がある」と認定されてしまうと、賠償額は「少し」では済まないのです。そして、ほんのわずかの過失は、見つけようと思えば見つけられます。結果が生じていて裁判になるような事案であれば、探せば被告の過失は見つけられものです。
税倍事件の特異性
本題になりますが、税理士に対する業務上の過失に対する損害賠償事件ではベースになる損害賠償金額が高額になることが多いです。数千万円単位は普通で億単位の損害賠償の支払いを命じられることもあります。そして、妙なことに、損害賠償事件では、(交通事故は別として)過失割合は何故かナナサン(7対3)くらいが多いのです。8対2、9対1という認定はかなり少ないというのが私の感覚です。圧倒的に相手に原因があると立証できた自信がある場合でも結果はナナサンということになるような気がします(自分の経験値)。さらに、判決の理由では、相手に決定的な落ち度があると認めていながら責任は7割止まりということがあるのです。反射的に、こちら(被告)に3割は責任があるということになりますから、3割相当額の損害賠償金の支払いを命じられることになります。冒頭の図は、7,000万円の請求に対して、無過失とは言い切れないとして、1割だけの損害賠償が認めら事例ですが、支払いを命じられるのは700万円です。被告が得ていた報酬は100万円だったとすると、到底つり合いません。その上に、ほぼ全面勝訴ですから相応の弁護士報酬も必要です(もっとも、完全勝訴してもこれは必要ですが)。
事故というのは、重大な落ち度があれば、それが原因のすべてだと私は思っています。「こうすれば避けられた可能性は否定できない」というのは後付けの理屈です。そして、「なぜそれが3割なんだ」という疑問です。わかりませんが、7割は圧倒的な割合というのが裁判官の平衡感覚なのでしょうか(交通事故の場合は過失割合が類型化されているのでさほどではかもしれませんが、それでもナナサンが結構多いように思います)。相手に悪意があっても、故意があっても、重過失があっても、「注意すればそれを見抜けた可能性がある」「それなら結果を回避できた可能性もある」などという理由で過失が認定されてしまう可能性だって税倍事件では否定できないのです。その理由は、高度の専門家責任を前提にした高度注意義務です。これを基準に過失を認定しようとすれば、言い方は穏当でないかもしれませんが、その気になれば過失を認定できるのです。となると、たとえ1割でも、それがもらった報酬額の数倍になることもあるので、実質勝訴なんて気楽なことを言ってられないのです。それがナナサンかもしれないと思うと、もう判決を待つのは恐怖というしかないのです。
税理士責務の過酷さ
もう少し具体的な話に進めます。……