1 退去命令は残酷
「このケースでは」という限定を付けます。どんな事件でもケースごとに事情が違うと思います。ですから、一律に退去命令が残酷とはいいません。しかし、裁判所は事案をしっかり見極めているのでしょうか。命令を受ける者によっては、これがどれほど酷な命令になるか考えたことがあるのでしょうか。
退去命令という保護決定
命令が出ると2か月間は自分の住居から退去してなければならないのです。Aはその住居で店舗を経営しています。当然、商売ができません。権利の制限は甚だしいです。なぜこんな酷な命令がされるのかと調べると、被害者のBさんが自分や子供の荷物を運び出す、つまり引越しのため生活の本拠に加害者が近づけないためということでした。それなら、いつでも引越しができるようにすればいいだけです。
審尋期日の朝に、これから出頭するというAが聖世弁護士に尋ねてきました。
「裁判所に行ったまま帰れないということもあるのでしょうか?」
いくらなんでも、即日言渡し、即日執行なんてことはないだろうと聖世弁護士は答えました。
しかし、それが甘かったようです。聖世弁護士がそこまで深刻に考えなかった理由がないわけではありません。この事案ではそんなことにはならないと考える根拠がありました。それを答弁書に書いて事前に提出していました。
そして、まさかの出頭した審尋期日の言渡し宣言です。
裁判官 命令書をこれから作成しますから、しばらく待機してください。
A それをもらったら、家に戻れないのですか。
裁判官 そうなります。
A 困ります。家にいったん帰らないと電気製品のスイッチも切ってません。ナマ物も冷凍庫にいれないといけないし、寿司屋が夕方に頼んでいる寿司を持ってきます。
裁判官 誰かに頼んでスイッチを切ってもらってください。寿司屋には断ればいいでしょう。
弁護士 何も準備をしないで来ています。着替えもお金も持っていません。一旦帰らせてください。
裁判官 と言われても…。
命令書を作成しますからここで待機してください。
弁護士 いえ、退廷します。
裁判官・書記官 そんなことしたら、先生の事務所に持っていきます。
弁護士 事務所を閉めます。受け取りません。
とは言っても、実際には退廷できないことくらい聖世弁護士は承知しています。そんなことすれば、たちまち悪評紛々、もしかすると懲戒申立だってあり得ます。
しかし、それにしても、そんな切羽詰まった事案ではないのに、と聖世弁護士は思うのです。退去命令はAにとっては死活問題です。申立人の荷物の搬出に関しては命令がなくとも、いくらでも協力するとAは約束しています。その日だって、ある行事のことで申立人のBと子供らがこの家に来ることになっていたのです。寿司はそのために頼んでいたものです。受け取ったら冷蔵庫にいれて自分は自発的に家から出ているとBに伝えてあるのです。
それなのに、今すぐ退去命令を出さなければいけないという理由があるのでしょうか。事前に言ってもらえれば朝から夜まで退去していると繰り返し説明しているのに。
続く → 2なんのための審尋