遺贈や遺産分割によって配偶者が配偶者居住権を取得しても、別に住むところができれば、存続期間が満了する前に有償で買い取ってもらいたいと考えるのは普通です。配偶者所有権は賃料も先払いによって取得したもので、無償で取得したものではありませんから、その趣旨はよくわかります。しかし、譲渡禁止の権利ですから、だれかに買い取ってもらうというわけにはいきません。
事例の再現
配偶者乙は配偶者居住権を遺贈されていました。
それを前提に他の相続財産について遺産分割をして相続税の申告を済ませています。しかし、乙は実娘の家で暮らしています。
1 乙が配偶者居住権を必要としなくなった場合
乙は、当初は居住建物に住んでいたのかもしれません。住居は娘の家を想定していて、配偶者居住権など必要なかったかもしれませんが、遺贈を放棄しなかったのは相続で取得できる財産の範囲を縮小したくなかったためと考えれます。
そうすると、遺産分割が終われば、乙は居心地の悪い居住建物から娘のところに引越すことが考えられます。しかし、せっかく取得した配偶者居住権ですから、乙は無償で放棄するのではなく、できれば買い取ってもらいたいと思うでしょう。しかし、配偶者居住権は譲渡が禁止されています(民法1032②)。
そうすると、乙ができることは、権利を放棄するが、それによって利益を受けるAに見返りを要求することくらいです。居住建物をそのまま放置することも考えられますが、荒れ放題にしておくと、善管注意義務違反を理由にAから配偶者居住権消滅の通知をされかねません(民法1032④)。Aが乙の期待した回答をしない場合は、面倒になった乙が配偶者居住権を勝手に放棄することも考えられます。
しかし、いずれの場合でも、どちらかに課税される可能性があります。それも、かなり厄介な問題があります。見かけほど簡単ではないのです。
2 乙の配偶者居住権の放棄と課税
Aは、乙が配偶者居住権を有する居住建物を取得したのですから、それを前提に自分の居住する場所、生活などを考えていると思います。乙が配偶者居住権を返上すると言っても、その見返りを支払わなければならないのであれば断ることもあるでしょう。被相続人の意思を尊重して乙が住み続けることを願うのが普通かもしれません。
Aが乙の申出を断ったところ、乙が「それなら放棄する」と配偶者居住権を一方的に放棄したとするとどうなるでしょう。
権利を放棄されただけで贈与税?
実は、こんな場合でもAに贈与税が課税される可能性があるのです。というよりも、課税実務は「課税がされる」と覚悟する必要があると思っています。
課税されるとなると、配偶者居住権の価額だけでなく、通常は建物敷地の利用権の価額もAは無償(乙からの贈与)で取得したことになりますから、油断できません。
なぜ、乙が放棄しただけでAが贈与税を課税されなければならないのかというと、そのように定めた通達があるのです(相続税法基本通達9-13の2)。
問題の通達の該当文言は次のとおりです。
相続税法基本通達9-13の2(配偶者居住権が合意等により消滅した場合)
配偶者居住権が、(略)配偶者と当該配偶者居住権の目的となっている建物の所有者との間の合意若しくは当該配偶者による配偶者居住権の放棄により消滅した場合(略)、当該建物の所有者又は当該建物の敷地の用に供される土地の所有者(略)が、対価を支払わなかったとき(略)は、原則として、当該建物等所有者が、(略)当該配偶者居住権の価額に相当する利益又は当該土地を当該配偶者居住権に基づき使用する権利の価額に相当する利益に相当する金額(略)を、当該配偶者から贈与によって取得したものとして取り扱うものとする。 |
私は、こう考えます。
ここでの「合意」は配偶者居住権を消滅させる合意です。ただ、配偶者に属している権利ですから、配偶者が放棄しなければ消滅しないのではないかと私自身は考えています。そして、配偶者居住権の取得は契約によるものではありませんから「合意解除」ということもないと考えています。そうなると、配偶者が放棄をすることについて居住建物所有者が同意するという意味での合意による消滅と、そのような同意や合意がない配偶者の一方的な放棄による配偶者居住権の消滅とがあるのではないか。そして、それぞれで扱いは異なって然るべきではないかと考えています(しかし、あくまで私見です)。
これについての検討は非常に重要と考えています。
かなり掘り下げる必要がありますので、次回にします。
配偶者居住権の消滅は税金に要注意。
贈与税だけはありません。