民事事件では、錯誤無効の主張が実に多いです。意に反する結果を招来した法律行為の効果、契約を無効にしたいからだと思います。遺産分割事件でもよく見受けます。本人が想定している結果と異なる事態が生じているのですから、錯誤と主張するのはわかります。改正前民法では、錯誤のある意思表示は「無効」とされていました。
ところで、錯誤主張は税効果ねらいでされることも多いように思います。契約が無効になれば、当該契約に基づく申告や課税処分による納付税金を取り戻せると考えるわけです。そして、「こんな税金が課税されるのなら、こんな契約はしなかった」というのは確かに錯誤ですが、動機の錯誤や重過失の問題もさることながら、まず肝に銘じるべきは「税法の錯誤は救済されない」という箴言?です。
そもそも、無効となる錯誤があったかどうかなど税務当局には判断できません。そうすると、税務訴訟でありながら錯誤の有無を争点にする訴訟になってしまいます。同じ裁判所の司法判断とはいえ、契約当事者間で錯誤の有無を争うのとはやっぱり違います。
そこで、まず純然たる民事事件を提起して、契約が錯誤無効であることを認める判決を得てから更正の請求をするという方法をとります(元々、錯誤による無効主張は代金等の返還請求訴訟として提起されるのが普通です)。しかし、判決で契約の錯誤無効が確定したとしても、それで過去の申告税額について更正の請求ができるとは限らないのです。むしろ、できないことの方が多いのです。この辺りの思い違いは弁護士には結構あります。弁護士の錯誤の性質に関する理解(無理解ではないです)が理由ではないかと私自身は思っています。しかし、税法上、錯誤の法律効果は無効ではないのです。
これは、いうなれば、錯誤無効は絶対無効とは異なるということと、結局は取消と同じレベルで解するべきだというのが私の最終的な見解です。私見ですが、法律行為又は契約の錯誤無効による更正の請求が認められるのは、譲渡所得のような単発的・偶発的な取引から生じる所得又は事業に至らない業務的規模の不動産所得や雑所得に限られます。それは、取消や解除の場合と同じです。根拠が契約効果の遡及的消滅にありますから、当初から法効果を生じていない絶対無効とは異なって、取消、解除と同じなわけです。その理解で、私は錯誤無効を更正の請求に関しては取消、解除と同列として整理していました。
参照
和解の課税診断Ⅲ/更正の請求 可否一覧
/財産の返還等経済的利得の喪失/法律行為の無効・取消/無効の法律行為、取り消すことができる法律行為・絶対無効と更正の請求
和解の課税診断https://www.yamana-tloffice.com/digital-contents-for-lawyers-4/
改正民法が、錯誤無効を「取り消すことができる」法律行為と規定したのは、私の錯誤無効についての税法上の理解を追認してくれことになると信じています。もっとも、錯誤による法律行為が表意者の主張を待って無効になるという点では取り消すことができる法律行為と変わらないというのは元々判例が認めていた理屈です。しかし、更正の請求の事由との関係で錯誤無効の法的効果を論じたものはそれまで見当たりませんでした。