病気かも知れない人たち
―占いを頼む人々―
「もしもし、あのー予約したいんですけど」
『なんの予約ですか』
「ラジオで聞いたんですが」
『はー?』
「せんせいにぜひみてもらいたいんですが」
『なにをですか』
「…。あのー、占いの○○せんせいのところではないんですか」
『違います』
「…おたくは何番ですか」
『知りません』
「??…。△△△の××××ではないんですか」
『そうかも知れませんが、○○ではないです』
「???」
こんな電話がしょっちゅうかかる。事務所のサブ電話の番号が有名な占い屋さんのそれに似ているらしい。サブ電話だから、自分だって番号を憶えていない。メインの電話が話中の時だけにつながるのだから、番号なんて憶える必要もその気もない。自分で間違っておきながら、しつこくこちらの番号を訊いてくるのもこの連中の特色かもしれない。それにしても、その多いこと。よっぽど人気もあるのだろうけれど、なんと占いに頼る人が多いことか。間違い電話だけでこれだけあるのだから。この「せんせい」、たいへんな繁盛とおもわれる。
それはいいけれど、人生の重大事とおもわれることを占い師の「ご託宣」に委ねているところが気にいらない。それも真剣に。真剣さがわかるのは留守電を聞かされるときである。事務所の留守電はもともと電話機にセットされていた単純なやつ。こちらの名前は言わないで相手に用件を吹き込んでおくようオーム反しに応答する。電話をかけた側は一生懸命相談事を吹きこんでいる。自分の電話番号を言って、ひたすら返事を待っている人もいる。そりゃそうだ。「お名前と電話番号、ご用件をお話しください」と留守電メッセージが言ってるのだから。待っていても返事がこないから、またかけてくる。遂に、真夜中になって、耐え切れずに相談事を一方的に吹き込んだりする。「どうかご助言ください」と真剣そのものなのである。
だれに頼ろうとその人の勝手と言えば勝手だけれど、時として「それじゃ弁護士なんて要らないじゃん」と言いたくなる。実際、借家を明渡した方がいいのかどうか、契約期限が来たけれど更新した方がいいのか、引越しをするなら何時頃がいいか、なんて相談に「私のみたてによれば」なんて答えているのをラジオで聞いたことがある。借地借家法も正当理由も法定更新もあったものではない。借家を明けるかどうか、更新料を払ってでも引越しを延ばすかどうかは占いによって決まるのかい。ひどいのになると、「相続放棄をするべきか、財産を要求してもいいのか」なんて相談にもきっぱりと答えている。「今年は運気が弱いから何事に首を突っ込んでもうまくいきません。トラブルのもとになることは避けなさい」だって。ちょっと待ってよ。事実関係が先にあって、権利関係をしっかり認識したうえで対応を考えるべきじゃないの。生年月日なんかで決めないでよ。
そういえば、昔のことだけれど、超能力者の先生がご推薦とかで仕事の依頼をしてきた人がいた。もちろん、初めっからご指名というわけではない。ひととおりの法律相談をした後で、かなり日も経ったころ「ぜひ先生にお願いしたい」と言ってきた。どうも他の先生にも相談してきたらしい。ちょっと嫌な気分になったので、「何故わたしなんだ」としつこく聞いてみた。で、その人がいうには「自分には師事するお方がおられます」「その方はたいへんな超能力をお持ちです」「そのお方が先生に任せなさいと言われました」とか。アホらしい。むろん断った。似たようなことは続くもので、「神様とお話ができる」人が来たり、「信仰による啓示で依頼するかどうか決めます」なんて言う人も来た。ご夫婦で、突然目の前で合掌、瞑目したまま動かなくなったのにはびっくりした。終ると互いにうなずいて「お告げがありましたのでお願いします」。なんだよ、それは。
依頼をうけて仕事をしているのに途中で断られることがある。解任、つまりクビである。別に悪い方向に進んでるわけでもないし、辞めさせられる理由がわからない。いくら聞いても「先生は悪くない」という。「感謝している」とまでいう。実際、金を返せとも言わないし、むしろ詫料まで置いていく。それなら何故?ひょっとしたら、どこかで占い師か超能力者が「あいつは駄目だ」とか言ったのかもしれない。そうおもうと腹が立ってきた。そうなんだ。占い師か超能力者か知らないけれど、あんた方のご託宣をありがたがるバカはいいけれど、トバッチリで迷惑するのはどうしてくれる。
ラジオで占い師が相談に答えている。
「今つきあっている彼と結婚まで考えてるんですが、うまくいくでしょうか」
『彼はミバは良いでしょうけれど派手好きで、見栄っ張り。一攫千金を追うタイプ』『よく言えばロマンチスト。あなたはそんな彼の容姿と話しぶりにひかれているいるだけ。そうおもわない?』
「…。そうかもしれません…」
『彼とは対照的に、あなたは地味でコツコツ努力するタイプね。結婚しても苦労するのは目にみえてますね』
「はー、そうなんですか…。別れた方がいいのでしょうか」
『占いでは彼がそうだということ。そのことを承知したうえであなたがお決めになることね』
おいおい。それじゃ彼がかわいそう。あんたの言い方だと彼は能無しのドラ息子みたいじゃん。なんで会いもしてないのにわかるんだよ。まあ、こんな占いを真にうけて別れようと言い出すような彼女なら、別れた方がいいとは思うけれど。人間どこでだれに人生の岐路を決定されていることやら。そうか、そうか。理由も言わずに離れていった彼や彼女は、どこかでこういう占いか未来予知をしてもらっていたのか。おい、オバハン、ええかげんにせんかい。
今日も占いの予約を求めて間違い電話が鳴る。サブ回線の呼出音だからすぐにわかる。たいていが礼儀知らずで、後で不愉快な思いをするのがほとんど。で、対応をいろいろ考える。
「もしもし、○○さんですね」
アホ声で
『ふぁー。なんですかー』
「あのー、○○先生のところでは?」
『はぁー?にゃんですかー?』
これでたいていは「すみません」と切れて、掛けなおしはしてこない。しっかり調べてからでないと、もう一度こんな応対されたら嫌なんだろう。
しんどそうに話すのも効果的。じっさい、しんどいのだから。
「もしもし、○○せんせいですか」
弱々しく
『は…い。…もう…い・ち・ど…。な・ん・で・す・か…は~』
「す、すみません、間違いました。ど、どうもスミマセン」
このごろは明るく軽くノーテンキに。けっこう効果的。
「もしもし」
間髪をいれず、軽快に、語尾を伸ばして上げて
『はーい!どーしましたー!』
「???」
あくまでノーテンキに、抑揚をつけて
『なーんでしょーかー?』
「あのー、○○せんせいに相談が…」
なおも軽快に、さらにノーテンキに
『そうですかー、なんの相談ですかー、よろしかったらどーぞー』
これでたいていは「すみません、間違いました」と切れる。
わたしは嫌味でしているのではない。普通の応対をしていると、一旦は切れても(それもいきなりガチャンと切るのがいる)、すぐに掛けなおしてくる。同じ間違いをしておきながら、「そしたら、おたくは何番?」と聞いてくる厚顔バカの相手をするのが嫌。ていねいに応えると三度目が鳴る。これは「はい」と応答しただけで、無言のまま電話を切られる。ヒトコト謝ったらどうなんだ!まったく気分が悪い。
それにしても、なんでこんなに占いを頼むのだろう。