病気と言われそうな三篇
一 きみは 「ふゆ坊」 を見たか
ゴトンッツ…。 ゴゴンン…。 ゴゴントト…。 何と表現したらわかってもらえるでしょうか。 丸太棒が屋上の床コンクリートに衝って響いているような感じです。 体感的には音よりも響きの方を実感します。 「ゴゴン」 という最初の衝撃に続く響きは、 何か大きい物がそこで衝突して振動しているような響き方です。
いつ頃からでしょう、 この不思議な音と響きを聞く (感じる) ようになったのは。 路向うの裁判所が建て替え工事をしていたころは、 そのせいかともおもったのですが、 それにしては事務所ビルにいるにもかかわらず直接響いてきます。 夜中になっても聞こえます。 それでも、 そういうことで得心することにしていたのですが、
新庁舎が完成しても停まらないですから工事は関係なかったのです。 新弁護士会館の工事?いえ、 違います。 その工事の始まる前にも聞こえていましたから。 工事をしているはずのない夜中でも聞こえています。 ともかく、 どういうものが、 どういう仕掛けでこうなるのか、 かいもくわからないのです。
時として、 かなり明瞭にゴゴンンと、 しかも二・三回続けて聞こえることがあります。 このところ、 そういうことが多いようです。 まったく聞こえないこともあるのですが。
でも、 この不思議な現象は、 富友ビルの他の事務所では知らないと言います。 そんな音も響きも聞いたことがないというのです。 そんなはずないのですが…。 屋上に上がって調べてみましたが、 何も音を出すようなものは見つかりませんでした。 もちろん丸太などありません。 この響きは、 真上に感じることもあれば、
ずっと遠くに感じることもあるので、 屋上とは限らないのですが。 別に恐いわけでも気味悪いわけでもないのです。 どちらかと言えば、 ちょっと心地いい響きなのです。
で、 命名することにしました。 富友 ふ ゆうビルの怪人?ですから 「ふゆ坊」 と。 その姿、 想像するに、 雪ダルマのような格好で、 垂れ目で、 うつろ目で、 大きなからだを右左に揺らしながら 「みーたーなー」 とか言ってるちょっとかわいい奴ではないでしょうか。
「ふゆ坊調査委員会」 を結成して徹底調査をすべきだとおもっているのですが、 だれも真面目に聞いてくれません。 本当なんだってば!
二 空飛ぶ藁ムシロ
鮮明に憶えている光景です。 体験としての目撃です。 夢ではなかったです。 でも、 だれも信じてくれないでしょうね。
小学校の低学年だったのは確かですが、 何年生かは定かではありません。 多分、 二・三年生くらいとおもいます。 学校から帰る途中でした。 狭い道なのですが、 当時はその辺りにちょっとした畑のようなところがあって空が広く見渡せたところです。
空中を藁わらのムシロ (筵) が飛んでいたのです。 飛んでいるといっても、 風で飛ばされているわけではなく、 なんと雀が周りにいっぱいいて、 「わっせ、 わっせ」 という感じで飛んでいくのです。 まわりは雀だらけです。 感動しましたが、 不思議とはおもわなかったようです。
あのムシロには何か雀が好きな食べ物か臭いがついているのだろうくらいにおもってました。
こんな藁のムシロは当時いくらでも見かけました。 魚屋さんや八百屋さんなどの仕入物を梱包していたのもこれですし、 もちろん炭やお米の俵もそうでした。 これが開梱の際に平たく切り取られて、 お店の側に積んであったりしました。 なによりも、 冬には 「どんどん」 という焚き火の燃料に最適でした。 勢いよく燃え上がるので、
これも魚などの商品を入れていた木箱をバラした木片の下火にするのです。 ちょっとした空地で大人が 「どんどん」 をすると子供は喜んでそこに集まってきます。 どんなに寒い日でも、 そこだけは暖かく、 みんな楽しそうな顔をして手をかざしたり、 お尻を火に向けたりして暖っていました。
そのような藁ムシロですから、 それほど大きくはないはずですが、 空飛ぶムシロはずいぶん大きく感じました。 雀がその周りを群れて飛んでいく様を今でも思い出せます。 そして、 家に帰って母親に話したことを憶えています。 ですから、 夢をみたわけではないのです。 しかし、 大人になって思うと、
実に不思議なものを見たものだとおもいます。
三 カナシバリ
だれかが呼んでいるので大声で返事をしたら、 その自分の声で目が醒めたという経験はありませんか。 そのとき、 自分が声を出したのは確かだけれど、 呼んでいた声が本当に聞こえたのだろかと疑いませんでしたか。 いや、 聞こえるはずがなかったと確信しましたよね。
え?だれかが実際に呼んでいたので寝惚けたまま応えたことはあるんですって。 なるほど、 それはあり得ますね。 でも、 私が言ってるのは、 本当は聞こえたかどうかわからない、 いえ、 そもそも人の声なのか、 何かの音なのかもわからないというものです。 それが眠っている私をいきなりおこすのです。
こんなことがありました。 部屋のドアを激しく叩くような音で目が醒めました。 てっきりだれかがドア向うで叩いているのだとおもいました。 開けろと言っているのだとおもいますから起き上がろうとします。 でも、 どうしてもからだが動かないのです。 反射的に 「はーい」 と声をあげたつもりですが、 実はまったく声が出てないのです。
出そうにも出ないのです。 手も足も首さえ動かせないと気付いたとき 「あ、 これがカナシバリか」 と妙に納得してしまいました。 それで、 かえって落ち着きました。 目玉は動くのでしょうね。 部屋の中を見渡せました。 暗いのですが目も慣れてきて、 見慣れた天井、 壁、 自分の蒲団が見えてきます。 「ねてない、 確かに自分はおきている」 と改めて確認することになります。 それなのに、
「おぉ…い」 とだれかを呼ぼうとするのに声が出せないし、 からだも固まったままですから、 ジワッと恐ろしくなります。 寝返りがうてれば少しは身構えることもできるのでしょうが、 仰向けに寝たまま動けないのです。 いつもはこんな行儀の良い寝相ではないのですが。 で、 「何でこんな寝方してるのやろ」 とおもったとたん、 何かがからだの上から退いていく気配がしました。
胸の辺りを押えつけていた奴がいたのです。 見たわけではないのですが、 そいつは私のからだからズリッと落ちて、 ササッと行ってしまいました。 固まりが解けたのは、 それからしばらくしてからです。 起き上がった背中が汗で湿っていました。 あいつはなんだったのか。