第一話キツネにとりつかれそうになった男
母は、富山県高岡市の生まれですが、一七歳の時に京都に来て二五歳くらいまで西陣織関連の仕事をしていました。
そのころ勤めていたのが「森さん」という織屋さんでした。もちろんそこは西陣ですが、詳しい場所はよく分かりません。なんでも上御霊の近くだそうで、近くに妙覚寺と妙顕寺というお寺があったそうです。
現在の地図で見ると、上御霊神社は烏丸通りの東側、相国寺の少し北に位置し、その上御霊神社からほぼ真西、烏丸通りを跨いで堀川通りとの中間辺りに妙顕寺があります。その北には「御霊前通」が通っています。
その森さんの奥さん(母には女主人になります)がいろんな体験談をしてくれたそうです。その話が母の記憶に強く残ったようです。母が郷里にいたときには思いもしない狸とかキツネが活躍するのですから、当時の京都は西陣といえとも高岡よりも“へンピ”な所だったようです。
で、この森さんは、以前商売に失敗して、「土手下」といわれる淋しい辺りで生活をしていたことがあったそうです。この土手下がどの辺りかもはっきりしないのですが、その頃のその辺は、家も少なくて、街外れといってもよいくらいで、なかには商売に失敗したりしたような人もひっそりと暮らしていたようです。
ともかく、その土手下の家に森さんが住んでいたある日、息子さんが夜に仕事から帰ってきて、大声でなにやらわけのわからないことをわめいたそうです。奥さんは「どうしたんや」と聞くのですがおさまりません。そこで、奥さんは気付いたそうです。「このキツネめ!」と一喝すると、息子さんはやっと正気にもどったとのことです。そして、
「ああ恐かった」と話していたということです。この辺りは竹薮もあって、夜は真っ暗になるし、大の男でも一人で歩・くのは恐いようなところだったそうです。キツネが人を化かしたり、人にとりつくというのも信じられていた頃のことです。というより、キツネもその頃は本当に恐依力くらいは持っていたのかも知れません。