第二話 土手道のすれ違い坊主
これは森さんの奥さん自身が本当に体験した話だそうです。
祇園祭の頃で、たぶん宵山か宵々山の夜と思いますが、森さんの奥さんが祇園祭を見に行くため、土手下の家から加茂川の土手伝いに歩いて下って行きました。ところが、遠目に明るく見えている三条、四条の街中に、歩いても歩いても近づけないのです。
奥さんは「子供が未だ幼かった頃」と話したそうですから、若い頃のことでしょう。この頃の京都は、夜になれば真っ暗でしたが、ただ祇園さんのお祭りの夜はさすがに賑って、人もお店もたくさん出ていたそうです。それが、今のように遮るビルがないのですから、北に行くほど高くなっている京都では、奥さんが歩いている加茂川の土手道からでも、鉾や山の提灯、お店の明かりなどでその辺りが暗がりの中で明るく浮かび上がっていたそうです。
いくら行っても見えている祇園さんの明かりがちっとも近づかない。森さんの奥さんは「変だな、変だな」と思って歩いていました。すると反対側から歩いてきたアミダ笠の坊主とすれ違いました。奥さんはアレッと思ったそうです。「この坊さん、さっきもすれ違ったんとちゃうやろえか」と思って振り返ると、その坊さんはもう見えず、それを境に祇園さんの鉾の明かりがはっきりと見えるようになり、どんどん近づいて行けたそうです。
森さんの奥さんが後から思うには、その坊主には何度もすれ違っていたはずで、自分は同じ所を行ったり来たりさせられていたに違いないと言っていました。あれは土手下か御霊さん裏の竹薮に住んでいる狸のしわざだと話していたそうです。