解説編のサンプル
1特別の寄与
3 馴合いによる特別寄与料と課税関係
特別寄与者Yと相続人Aは夫婦です。 YがAに対して、特別寄与料1,000万円、Aの負担額500万円を請求して、協議のうえ合意しました。 |
1 BがYの請求に応じて100万円(Bの負担額)を支払いました。どうなるのでしょう。
適法な負担額の確定といえますか?
YとAが馴れ合いで適当に決めた1,000万円でも?
馴合いで決めた特別寄与料の負担額でも、Aは相続税の申告に際して、全額を相続税の課税価格から控除できますか?
Yに贈与税が課税されることはあり得ませんか?
Bは、Yの請求に同意したことになります。YとA及びBの間では、特別寄与料が1,000万円、Aの負担額が500万円、Bの負担額が100万円と確定します。A・Bは、この金額を相続税の申告に際して、取得財産の課税価格の合計額から控除できます(相法13④)。Yは600万円を「みなし相続財産」として相続税の申告義務があります(相法29①)。
馴れ合いで特別寄与料の金額を合意することは想定できます。もし、YとAが馴れ合いで、客観的な特別寄与料(仮に500万円と仮定します)と乖離した金額を合意したのであれば、客観的に相当な特別寄与料に基づくAの負担額(500万円×5/10=250万円)を超える金額(500万円-250万円=250万円)はAのYに対する贈与とならないでしょうか。
理屈だけでいえば、超過金額は贈与になるのだと思います(私見)。この理解では、Aは、負担額となった500万円のうち相続税の計算上控除できるのは250万円のみで、超過分250万円はYへの贈与ということになります。それが馴合いによる特別寄与料であることをBが知っていたのなら、Bも客観的な負担額(500万円×1/10=50万円)を超える金額50万円を贈与したことになります。その場合は、AもBも、その贈与したことになる金額は相続税の申告に際して控除できないという解釈になると思います。Yも、みなし遺贈として相続税の課税価格に算入できる金額は、A250万円、B50万円のみとなります
しかし、このように対処するのが当然とか必然というわけではありません。というのは、特別寄与料は被相続人の遺産のうち特別寄与者の寄与によって形成された財産をその特別寄与者へ相続人を通じて還元させるものですから、本来なら被相続人から遺贈されるべき遺産であったのです。それなら、金額にかかわらず、被相続人による遺贈(みなし遺贈)と扱ってもよいと理解しています。また、「客観的に相当な特別寄与料の額」を税務当局が判断するのは困難ですから、特別寄与者と相続人全員が協議して特別寄与料を確定したのであれば、よほどの事情がない限り、その金額を否認することはできないと思います。
結局、不相当な特別寄与料の額が問題になるのは、相続人によってその確定額が異なるような場合に限られるように思います。それも、実際に一部を贈与として課税しなければならないケースとなれば更に限られるように思います。馴合いでの合意は贈与に当たりますが、それが顕著に認められる場合ということでしょうか。
参照 3-3-5「特別の寄与」/特別寄与料の免除等による課税問題/■ 適正な特別寄与料超過額と控除額、みなし遺贈額
2 Yが乙に対して、特別寄与料1,000万円、乙の負担額は400万円だとして、その支払いを求める審判を申し立てたところ、家裁は特別寄与料を500万円と認定して、乙に対して負担額200万円の支払いを命じる審判がありました。
(1)他の相続人の負担額や申告にどんな影響があるでしょうか。
審判といえども、当事者以外の者に効力を直接及ぼすことはありません。他の相続人が協議の上で確定した特別寄与料に相続分の割合を乗じた負担額(民法1050⑤)を控除して計算した相続税の申告には影響しません。つまり、AやBの相続税の申告については、別段修正申告を要することも、更正の請求の事由になることもありません。
ただし、1の「客観的に相当な特別寄与料の金額」の根拠になることは考えられます。
(2)乙とAは、どんな相続税の申告をするのでしょう。また、相続人らの税額に影響はないと言い切れるのですか。
乙は、この審判に基づいた負担額を取得財産の課税価格の合計額から控除して相続税の更正の請求ができます(審判を経ているような場合は、すでに申告は済ませているのが普通ですから更正の請求になります 相法32①七)。一方、Yも、乙から受領する特別寄与料負担額200万円を取得財産として、相続税の申告又は修正申告をします(相法29①、相法31②)。
この場合、乙と他の相続人とでは負担額の基準になる特別寄与料の金額が異なりますが、課税遺産総額に変わりはありませんから、相続税の総額には影響しません。
もう少し具体的に検討してみます。
① 相続人らの申告
被相続人の相続税の申告期限前にY・Aの合意があって、Bもそれに同意していた場合は、AとBのみが各負担額(500万円・100万円)を控除して課税価格を計算した相続税の申告できます(相法13④)。条文の「特別寄与者が支払を受けるべき特別寄与料の額が当該特別寄与者に係る課税価格に算入される場合においては」というのは、特別寄与者がそれを課税価格に算入して相続税の申告をすることを前提にしていますが、相続人が申告する時点で、現に特別寄与者が申告していることを要件にしているわけではないと解しています。
乙は、負担額が確定していないので、控除額はないものとして自身の相続税を申告します。
審判で乙の負担金額が200万円と確定しました。乙は、相続税の申告についてこれを控除した相続税の税額を計算すると相続税が過大であったことになるので、4か月以内に更正の請求ができます(相法32①七)。しかし、AとBの相続税の申告には影響がありません。相続人らの負担額の合計は800万円ですが、それはYの取得財産として課税価格に算入されて課税されます。
② 特別寄与者Yの申告
Yは、「当該事由が生じたことを知った日の翌日から10月か以内」に相続税の申告書を提出しなければなりません(相法29①)。特別寄与料の金額が確定した日が起算日の基準と理解していますが、本件の場合、YがAと特別寄与料の金額について合意した日の翌日をAの負担額についての申告期間起算日、Bが同意した日の翌日がBの負担額についての申告期間起算日と解します。各相続人について相続税の申告又は修正申告(相法31②)をするための金額が確定する日が異なるのはやむを得ません。
問題は、取得したことになる特別寄与料の金額です。取得した特別寄与料は確定した負担額の範囲内となります。
Yにとっては、乙の負担額は確定していないと考えます。Yが申告するのは、確定したAとBの負担額(500万円+100万円=600万円)となります。特別寄与料の金額は1,000万円、「当該特別寄与者に係る課税価格に算入される」(相法13④)金額は600万円という理解です。
その後、審判で乙の負担額が200万円と確定した段階で、Yはこれを取得財産として相続税の申告をします。申告期限は、Yが審判によって乙の負担額が確定したことを知った日の翌日から10か月以内になります。
各相続人の特別寄与料の負担額は、当該相続人との合意又は審判によって個別に確定するというものです。特別寄与料の確定額が相続人ごとに異なることを認める以上は、負担額もそれに応じて個別に確定するという理解です。
この理解では、Yは、相続人ごとに負担額が確定する都度、それを取得財産の金額に算入すれば足りることになります。相続人も、取得財産から控除して申告(更正の請求)ができるのは、負担額が確定した相続人だけになります。みなし相続財産として課税される特別寄与料の金額と相続人が取得財産から控除できる負担額の合計額は常に一致していることになります。
参照 3-3-5「特別の寄与」/5一部の相続人を除いた特別寄与料金額の確定